未分類王子の日記

雨の日の話

昔港北ニュータウンの江田という駅の地域に住んでいた時、雨が降ると駅前の交差点に水が溜まりそれがまた30cmくらいよく溜まるのだが、その交差点を駅の反対側に高校があって、見かけたのは男子高校生が足を濡らして女子生徒をおぶって何人も繰り返し運んでいるのを見たので面白いやつがいるなあと思って記憶に残っている笑

子供の頃、1km四方が雨で冠水した時父が会社に行くのを見送ったところ、ビニールボートでバス停に向かう人がいて面白かった笑
それ以来同じシチュエーションはないがあれは神奈川県の茅ヶ崎であった笑笑

茅ヶ崎の市役所ではガラス張りの庭に池があって大量にカエルがいた記憶があるのだが、今思うと随分な現代建築だったなあ。7歳くらいの時の記憶かなあ。

学校ではいたずらばかりしてしょっちゅう怒られ、先生に読書をしましょうと言われて本を借りて感想文を書く繰り返しだったのだがそれが大変良くて記憶に残っている。父親が死んだ時は相当いろいろ心配してくれたらしい。

生徒全員が日記を書いて先生に見せるのだが、いい話を共有したり心配事をみんなで話したりでとてもタメになった記憶がある。

クラスがチームになっていていろんな思い出があるか基本的にいい記憶しかない、宮崎くんという昆虫が好きな友達ができたが今思うとお父さんが研究職だったのだろう真面目な感じのやつだった笑

転校する時は朝学校に行くと、クラスに入ってきちゃダメ!と言われ何が起きたのかと思ったらイベントが笑笑

茅ヶ崎の学校は田舎だったがのびのびしていて校庭も広く懐も広かった感じがする。父親と仲が悪くて(基本的に真面目じゃなかったので僕は怒っていたのだろう)、車で捨てに行かれたり学校へ行くと行って学校へ2週間行かずに大騒ぎになったりいろんなことがあったが、後の学校なら怒られて終わりだっただろうが、何があったのかを一生懸命聞いてくれる先生が担任だけではなくいたのでとても記憶に残っている。親のせいとは言えなかったのでクラスのいじめっ子の話をしたので叱られたらしい笑笑(こういうことは今でもやりそうだ笑)

転校してからはあまりにもアクティブで先生と確執が生まれたがこちらが一切気にしなかった記憶しかないが、家には先生から苦情が来たが母が言うには子供相手じゃないというような内容だった。

父親が死んだということだけの側面でかわいそうな子供という決めつけをしてくれる先生がいて、それはそれでありがたい反面ありがた迷惑なのでそんな対応をされると自分がかわいそうなのかという気分になってくるが、7歳の時に思ったのは人間7歳で親が死ぬことは少ないらしいがつきつめれば誰でもいつか親は死ぬので、時期が違うだけで何も変わらないのだ、と気が付いたのだがこういう風に考える人がどうやら少ないらしいのは子供だけじゃなくて大人はそうは考えないらしい。

 

P.S.これからいよいよ感染者が増えることになりそうだが本格的に増えていけば当然世界各国からの懸念も高まり開催も怪しくなるだろう。日本に本当の雨が降るのはどうやらこれからのようである。雨が降ったら傘をさそう。そして冠水したらビニールボートを忘れずに!


 

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